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なぜそのやり方をやっているのか? (2)

色々考えるべきことはあるが、先に言いたいことを言ってしまおうかな。

 

自分は占星術、あるいは運命学というものが「複雑な手順」になってはいけないと思っている。

そもそもの自分の人生の目標として、理性の範疇では届かないものを得ること、世の中の法則を理解すること、向こう側に橋を架けることが、私のするべきことだ。

思考は人生の過程で複雑な構造体を構築する。その材料が多く、きちんと整理されている人が「頭のいい人」である。

それは通常は「科学」とか「受験」とか「常識」で形成される。
過去にも言ったかもしれないが、東大生をテレビ出演させて、音楽や絵画を当てさせたり、海外の土地について当てさせたりするようなクイズ番組があるじゃないですか。でも、最終的にはそれは常識の範疇にあるわけですよ。お城の一部分を見せて「あっ、これ松江城ですね」というのは、東大生はわかるのかもしれないけど、そりゃ近所に住んでる人は誰でも知ってるからこそ、そのクイズは成り立つ。世間の人の8割が正しいかどうかわからないようなことは、クイズに出せない。
ただ、東大生さんたちは、そうしたことを非常によく知っている、または覚えていて、いわばきちんとラベルを張った本棚みたいなところに収納がされている、ということになるでしょう。

まだ、占星術の「常識」は世界の「常識」とは一致していない。「この外見ならASCは双子かもな」というのは、占星術師のある意味常識である。しかし、それはテレビの司会者や大学の学者さんにはわからないよ。

 

しかし、その知識というものが、ある単純な数的な法則性に帰結していくものでなければ、それは膨大な手順の塊になっていく。それは通常の思考の構造体とは違っているが、もう一つの複雑な構造体を作るだけに終わってしまう可能性がある。

 

自分はただの不勉強で、そうした複雑な手順そのものを批判する権利はないだろうと思う。ホラリーならホラリーで伝統的なホラリーはもっと複雑な手順に従っている。ボイドの時は見ない。第7ハウスに土星があったら見ない。12宮とは別の尺度で惑星に点数をつける。エグザルテーションとかデトリメントとか、そういうことは占星術師のほとんど誰もがやっていることではあるが、なぜそうなのか、具体的にはどうなのかという検証がされているのか。

占星術は12宮のほか、たまたま七曜のある土地で育った。そのためホラリーをどう見るかということについてデイルーラーがどうとかいうようなことについて七曜を使う。だが、もしそれが九星や十干のある土地で育ったら、その規則は生まれなかったのではないか?
現実的に現代日本の占い師たちは四柱推命や九星を占星術と併用する。その社会で占星術が使われ続ければ、寅の刻にはこれはしてはダメだとか六白のときにはこれをしても良いとか、別の規則が生まれただろうと思う。

 

もっとも西洋占星術は歴史が浅いので、医学との関連のようなものはインド占術や中国占術のようには存在していない。だから、中国やインドのやり方を学ぶことに意味がないということはない。そこは悩むところですよね。勉強はやるべきだろうと思う。

 

だけど原則は単純な規則であるべきなのです。simple and directでないといけない。お前が「見た」ときに「確かにこういう規則、確かにこういう法則性なのだ」と確認できるべきだと思っている。

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