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次元の問題

次元というのは数学・物理学でも話題にはなるが、スピリチュアルとかの世界ではいろいろな人が積極的に取り上げている。科学のそれは、空間は縦横高さの三次元で、時間を加えて四次元etcというところが大体の入り口になっているが、スピリチュアルの世界では何かよくわからないけれども高みの世界ということ、一般の世界の人から見れば荒唐無稽な夢物語のような扱いになっている。六次元も七次元もいくらでも出てくるのである。

 

このよくわからない次元の世界に我々でもわたっていける橋を架けられないものだろうか。

 

まず世界は単純な三次元の空間にいろいろなものが浮かんでいるだけのものではない。

素粒子の世界の人の話は、そこに岩があろうと土があろうと突き抜けていく。物質的・物理的な話の中でも、いくらでも並行して存在するレベルの違う世界というのはあり得る。

そして、そうしたものごとの中で、次元があればこうなるだろうという数学的結果が出るものがあれば、そこには次元があると考えていいと私は思う。

 

もう少し噛み砕いでみます。

 

数学的な話で、1cmの棒があって、ざっと1次元と見立てます。2cmだと2倍です。

さて、1辺が1cmの正方形は、今度は2次元です。1辺が2cmになると、面積は2×2の4平方cmになります。

次に、1辺が1cmの直方体は、今度は3次元です。1辺が2cmになると、体積は2の3乗で8立方cmです。

もし四次元の実体で1辺が2cmのものがあるとすれば、それは16ナントカになるんじゃないかな。

 

一般には、そうすると、縦横高さに加えてもう一つの次元とは何かということになり、四次元ってなんだ?という話になります。

でも、私はそうでなくていいと思う。簡単に言うとx軸が1つ増えるごとに、y軸が倍になっていくような関係性の世界には、何らかの形で次元が実現していると考えていいと思う。そこでそんなにはっきり空間・物質というものを固定的に考えなくていい。次元というものがあるとすれば、数学的にこういう増加をするはず、こういう傾向に見えるはず、こういう新たな可能性が生まれるはず、それが実現しているのなら、それは次元と考えていいと思う。

普通の次元の考えの場合、二次元と三次元の間には絶対的な違いがある。だけど、そうでなくていい。ダンゴムシは人間から見て二次元に見える。土の上を歩いているだけだから。しかし、人間が三次元に見えるのはダンゴムシより大きいからだ。もっと高いところから見れば、人間も二次元に動いているかもしれない。だから、二次元と三次元は、ある接点でつながって連続した関係を持っていると考えていいと思う。

 

こういう関係性のもので、もっともポピュラーなものは音階だと思います。ドが一つ上がるごとに周波数は倍になり、それにともなってエネルギーも大きくなります。

多分、生命や社会のような現象の中にもそういうものが見られると思う。そうした身の回りで当たり前のものの関係性の、もっと上の何かというような意味合いでの、何かしら神秘的な次元というようなものはあってもいいと思う。

2 thoughts on “次元の問題

  1. ネコ

    こんばんは、
    次元の問題ですか?奥が深いですね。
    子供の頃、知人から
    「1次元2次元の世界があって、今のこの世界は3次元である。それにまだよく解明されてない4次元の
    世界があることが推測されている。」
    これを聞いたまだ小学生だった私は、そのなんとも言えない未知の世界に魅かれ憧れたものです。
    あれからもうすで何十年という歳月が流れましたが、未だにこの4次元の世界がなんであるかは不明のようです。
    5次元も6次元も存在するらしい。
    数学的にも結局よく解明出来ないような、、。無限の世界、√か∑か∞か、、。
    わからない次元の世界にわたっていける橋ですか?。
    行けるかもしれないですね。
    音階の世界ですか、共鳴のようなものですか?
    命の世界にも確かにそのようなものがあると思います。
    あれ!数学の世界も命の世界も別物ではなくて、なんだか同じような不思議な神秘の世界のような気がしてきました。

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      ネコさん、

      どういったものでしょうかね。
      次元というのものはすでにあって、人間は複数の次元の世界にすでに生活していると思います。
      普通は、周りの人からこの世界は三次元ですと教えられます。
      でも、それはその人が勝手にそう思っているだけの話で、本当は違います。
      一次元の世界が存在するということですが、誰もそんな世界を見たことはありません。
      ただ、考え方の上で、電車の駅は一次元的に考えることができるというだけです。
      視覚は曲面の網膜なので、本当は二次元であるはずではないでしょうか?しかし、三次元の世界が存在しているのは、私たちが世界を三次元だと思い込んでいるだけだと私は思います。
      なぜそう考えるのかというと、人間が透明な空間に物が浮かんだ世界を信じているからです。そもそも物質や原子にもレベルの違いがあってもいい。
      橋を架けるというのは、頭の問題なのです。

      音階の世界というのは、
      音叉のラの音は440Hz
      その一つ上のラの音は880Hz
      一つ下のラの音は220Hz
      という風に、一つ上がると倍になるという関係になっています。数の考え方の上では、直線が正方形に、正方形が直方体になるのと、同じです。
      世界が一つの音階でできているという考え方は、ピタゴラスも言っているし、インド人はオームという創造音が世界を作ったと言っているし、あちこちにある考え方です。

      返信

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