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臨死体験

先日テレビで臨死体験の番組をするというので見た。その内容に興味を持ったので、エベン・アレグザンダーというその体験者であるお医者さんの書いた本、「プルーフ・オブ・ヘヴン」を買ってきた。

この話はざっというとこういう話である。

この人は脳神経外科医で、科学的な考えしか信じていない人だった。ところが大腸菌による細菌性髄膜炎という極めて珍しい病気にかかり、ほとんど死ぬことが間違いない、もし治っても植物人間になるなど深刻な状況に陥ると考えられる状況から、奇跡的に治癒した。

そして、この病気によって1週間ほど昏睡状態にある間、細菌によって大脳が侵され、医学的な観点からは幻覚など見ることができないと考えられる状況であるにもかかわらず、所謂素晴らしい臨死体験をしたのであった。

もし仮にこれが普通の人が普通に行った臨死体験であるなら、普通の臨死体験の話である。それはそれでとても感動的な話である。私自身、個人的な知り合いがそういう体験をした。病気自体もほとんど命の危ない状況から奇跡的に治癒し、その人は天国のような素晴らしい光景を見たのだった。しかし、それは単なる幻覚だという批判はあり得る。多くの人はあの世などというのは眉唾なものだという考えを変えないかもしれない。

しかし、アレグザンダー医師は何例も患者の脳手術を手掛けてきた最先端の医師であった。大脳がそこまで侵された状態で幻覚を見るということが通常の医学的な見地からはあり得ないということが素人と違ってはっきりわかるわけだ。

 

現実に著作は素人ではわからないような、詳しい脳外科の知識を持って記述されている。その友人の医師、病院の所在、医学的見地から彼が付け加えた仮説、こうしたものの裏付けを取ることは難しいことではないと思う。

 

しかし、彼の著作を読んでみると、その内容は実際には臨死体験をしたというだけのものではなかった。

彼はその体験をすることによって、新しい世界観、新しい知識、新しい自信を持った。その知識というのは・・・私自身がこのブログで何とか書こうとして書けないようなこと、あそこの山が網膜に映る山だと言っているようなこと、表現しがたい神ということ、空間はないということ、そうしたことと何ら違うものではなかった。

 

自分は、彼が特別目新しいことを言っているとは思わなかった。しかし、逆に自分はこれでよいのだろうかということは思う。

彼の人生は彼の人生で私の人生は私の人生だ。直面している状況も違うし、家族も違うし、社会的立場も何もかも違う。臨死体験もない。だが、彼が一生懸命語ろうとしていることを私自身が最初に経験したのはもっともっと若い時だ。今まで一体私は何をやってきたというのだろう?

 

彼の話はルカの十六章の金持ちの話を思い出させる。金持ちが死んで黄泉に落ちて苦しんでいると、ラザロという貧乏人がアブラハムと一緒にいるのが見えた。金持ちは自分の兄弟がこんな苦しいところに落ちないようにラザロを遣わしてくれと頼むと、アブラハムは彼らにはモーゼと預言者があるからそれに聞くがよかろうという。しかし金持ちはなおもアブラハムに死人の中から誰かが兄弟のところに行けば彼らは悔い改めるだろうとすがる。するとアブラハムはいう。

「もし彼らがモーセと預言者に耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくるものがあっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう」

キリストは実によくこういうことを端的に表現したものだ。真実は今この瞬間にも目の前にある。別に必ず臨死体験しないといけないわけではない。自分の生活の中で少し静かな時間を持ち、自分の生活の中のほんの少しの時間を神に捧げることができれば、神は必ずそれに応えてくださる。

あなたは見たので信じたのか?見ないで信じるものは幸いだ。

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