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当たるも八卦当たらぬも八卦

よくつかわれる言葉である。一般的には占いは当たる場合もあれば当たらない場合もあるという意味だといわれており、さらに最近は占いは信じるに値しないという意味で引き合いに出す人がいる。

 

私は違うと思う。

 

字面を追っていくと

「当たるのも八卦です。当たらないのも八卦です。」

「当たっていても八卦です。当たらなかったとしてもやはり八卦です。」

ということです。

 

八卦というのは陰陽3つの組み合わせで出来た象徴乾兌離震坎坤艮巽のそれぞれの卦のことで、占星術で言うサイン(星座)に該当する。易ではさらにこれら二つの組み合わせで64の意味が決められている。

 

例えば巽が出たとする。風は巽である。東南も巽である。長いものが結ばれるのも巽である。長女も巽である。易者は長女の問題と考えた。そして依頼者と話をしてみると、繊維関係の話だった。当たらなかったが、巽という八卦であった。

 

つまり

「占いは当たっているとしても外れているとしても、八卦の象意に沿った事象が起こる」

と考えるのが普通なのではないか?

 

外れたとしても全然筋違いのことが起こらないだろうという感触を占い師は得ているものだと私は思う。少なくとも占星術では私はその程度のことはしていると思う。易の人がまったくそういうことなく「当たるとも当たらないともわからない」などというはずがないと思うのだ。

 

だから、「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉は、もともとは「当たらずといえども遠からず」だと私は思うのだが、この言葉のそもそもの出典がどこなのかわからない。

易の皆さん、どうですか。

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