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ハデ木小屋

今週、稲刈りをしていました。昨日、大体終了しました。今年も9月半ばぐらいには新米がお届けできると思います。

 

さて、今日用事で運転している間のドライブレコーダーの映像から、ハデ木小屋(はでぎごや)の映像を抜き出しました。

ハデ木小屋というのはハデ、つまり稲を天日干しするための稲架を組み立てるための木の柱や竹などをしまっておく長い小屋です。この辺のおうちは、多くが以前は稲作をしており、そして稲作をするお宅はほとんど例外なくハデを作り、そしてハデ木小屋を持っていたのです。

ハデ木をしまう場所は、写真にあるように細長い小屋か、あるいは住宅の壁面に柱や竹を入れられる1軒ほどの張り出しが作ってあります。今探してみてちょっとわからなかったのですが、確か出雲駅伝や松江市民マラソンで沿道の風景で、住宅の側面に謎の張り出し空間があるものが映ることがありますが、あれはまさにハデをしまうための空間です。

 

さて、写真を撮ったうち、2番目のものはハデが本当にこしらえてあります。いまから稲刈りをして稲を掛けられるのでしょう。毎年この位置にハデがあるのは確認しています。

しかし、他のハデ木小屋については、恐らくその近辺で近年ハデを作っている農家はないと思う。ほとんどが天日干しをやめ、コンバインで刈ってカントリーエレベータで機械乾燥させるようになっています。

 

ハデ木小屋は、まだ今のところは近くにいっぱいあります。使われてはいないが、取り壊してすべてを廃棄するにはまだもったいない。しかし、これはそのうちなくなるでしょう。

 

ちょっともったいないような気もします。

今まで、これが出雲でのソリューションだった。

この、ハデを建てる手間がもったいないという考え方もあるでしょう。最初から縦の木は作ってしまって置いたら?たとえば新潟のハザがそうです。
自分は新潟の人がどうやってるか知りません。ただ、木を植えるのであればその分のスペースは必要だと思うんです。陰もできるし邪魔にもなるでしょう。雪の都合とかいろいろなことで新潟でのソリューションは木を植えることだったのでしょう。他の地方の方がどうやっておられるのか、少し興味があります。
出雲はしまっておいてハデを建てることが解決法だった。

5 thoughts on “ハデ木小屋

  1. あめ

    あ、こっちに新潟について記述がありましたね。新潟のはさ木についての記事を転記してみます。

    >天日乾燥させるために、はさ木に渡した横竹に刈り取った稲をかけることを「はさかけ」と呼ぶが、昔、新潟平野は湿地帯だったので、田んぼの中で稲を乾かすことができず、はさ木を使って高い位置にかけた。

    はさ木はモクセイ科に属するトネリコ (別名:タモ)Fraxinus japonicaという木で、水に強く枯れにくいという。東北地方から中部地方の山地に自生している日本原産種で、湿地を好み、弾力性に富む木質のため倒れにくいという特徴がある。ちなみに富山県でも同じトネリコをはさかけに使っている。

    全国的に方法は違っていても稲のはさかけは行われている。とは言え、屏風のようなはさかけは、さすがに他の地域と比べてもインパクトのある景色になる。<引用終わり

    そっか、湿地だから稲刈り後の田んぼも少しの雨でぬかるむから畦道の端っこに植えた木を使ったんですねぇ。
    タモってトネリコのことだったのか・・・。母が言う「たぁもぉがたんぼの脇に植わってるろ?あっこに刈った稲かけて乾かすんだて」ってセリフが今よみがえってきました。小さい頃聞いたのかな。

    会社のある地域なんて、田植えは泥の中に船を浮かべてしていたそうで地名にも「泥潟」なんてのがあります。
    我が家も海抜-0.1mですし。

    地域の特徴には納得の事情があるのですね。

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      あめさん、こんにちわ。

      詳しい情報ありがとうございます。
      なるほど、トネリコの並木とかで写真が出てきますね。
      この稲の掛け方だと、垂直だから、掛ける人は竹の上にのぼれるのでしょうか。ハデの場合は、昔は7段、10段と上に高かったので、組み立てのときや稲をかけるときは、人が一人上にのっていました。ハデそのものが梯子の役目もしているのです。

      海抜0mということはないのだけれど、湿地という条件はこちらでもあります。稲刈りの時、今は機械で刈りますが、手刈りのときは、やはり下が沼みたいな状態だったので、稲を運ぶために田んぼの上に細長い板を渡してあって、猫車でその上を稲を積んで畔に運びました。自分が子供のころはそういう手伝いをさせられました。稲を刈る場所が進んでいくと、板の位置を置き換えるのです。

      返信
    2. simpledirect 投稿作成者

      どうも、このトネリコが鍵ですかね。中国地方には自然にはあまり生息していないようです。
      だから、南のほうの人は、稲をかけるために使える自生する木というのがなかったのかもしれません。

      返信
  2. あめ

    はい、稲を掛ける時は一人が上にいて、下から渡す、みたいな光景を憶えています。
    トネリコの木は、はさ木としてとても優秀なんですね。先人の知恵というのはすごいですね。

    懐かしいな、稲刈りの記憶。大人たちが働く脇で、刈り取った後の田んぼを親族のちびっこたちで走り回ってました。
    大きな子が小さな子を見る。
    いとこまでではなく、はとこという範囲で集まってました。今思えばまだ家の主役?が曾祖父母だったからでしょうか。

    記憶がだんだん薄れたり、逆に大人になって「ああいうことか」と合点がいったり。

    私の叔父がこしらえた借金で40年前に一族の田んぼはなくなってしまいました。

    藁焼きの匂いが嗅ぎたいです。それも今は条例でできないです。

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      そうですか・・・田んぼで何か焼いたりしたら条例で取り締まられるんですかね。
      私のところでは、草はOK,コンバインで刈った藁などはある程度みな火をつけて燃やしています。
      ただ、木とかそういうものを燃やすのは通報が行くみたいです。

      昨日、今日はもち米の稲刈りでした。ハデがみな壊れたので新しく作り直してでしたが、おじやおばなども参加して、まあまあにぎやかな稲刈りだったと思います。
      いまどきないかもしれませんね。

      返信

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