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テレビのギリシャ語

本日は、たまたま2回、テレビでギリシャ語を話すのを聞いた。

一つは「世界ふれあい街歩き」という番組で、サントリーニ島を歩いて現地の人々と交流するという番組。

もう一つは、何か、夜8時からの番組で、アウシュビッツでドイツ人に役目を与えられて働いていたゾンダーコマンドというユダヤ人に関する番組。その中の一人はテッサロニキに住んでいたユダヤ人で、彼の足跡を追うために取材班はテッサロニキに飛んだのだった。
この番組ではギリシャ語ではないところはポーランド語をしゃべっていた。が、ロシア語をやっていると、ポーランド語を聞いた時も「あ、なんかこんなことを言っている」というのがわかるときもある。語学を勉強するのはいいものだ。

 

しかし、どうも不思議なところがある。
たとえばサントリーニで火山を訪ね、サントリーニの中心にガイドが案内してくれる。サントリーニは阿蘇山のような巨大な外輪山が海に沈んだような形をしていて、その真ん中の島ということですよね。

ガイドの人は、何年前にはサントリーニは一つの島だったのだ、と具体的な年号を示して話していた。ところが字幕には「昔はサントリーニは一つの島だったのです」というような字幕が出る。

アウシュビッツの番組のほうでは、そのゾンダーコマンドの娘さんが父について語る場面があって、はっきり「エフィアルテス」つまり悪夢を見るといっているのだけれど、字幕は「父が眠るのがつらい時があって」みたいな訳になっていた思う。要するにこれはアウシュビッツでのつらい経験が、悪夢になって襲うということ、うなされるということを言っていたと思うのだが、すごく意味が違っているわけではないにしても、どうもそういう表現になっていないように思ったのだ。

 

この記事を書こうと思って、一旦は思いとどまった。

自分としては、なぜ彼らが言っている通り訳さないのだろう、という思いがあったのです。

しかし、東京でギリシャ関係の仕事をしている人をちょっと知ってはいる。多分NHKはこういう人に依頼をするのだろう。私なんかよりはずっとギリシャ語をできる人が雰囲気を読んでそう言う訳を当てたに違いない。
たとえば「Ναι, ναι, ναι, ναι, ναι…」(つまり、英語でいうとYes, yes, yes, yes, yesみたいなことになるが)というようなことを現地の人が言っていて、そこに「そう、大体ね」みたいな訳が当たっていたとしても、会話の流れで必ず間違いだとは言えない場合だってある。
へたくそがあれこれ口を挟んで、彼らの仕事にケチをつけることはない。

だけど、だ。それでもサントリーニが何年前に島だったと正確に訳したとしても何も困ることはないんじゃないかな。多分番組がギリシャ語のプロに頼めば、翻訳者も責任があるから、多分正確に訳すんじゃないだろうか。

この辺のことは前から感じていることなので、大体の裏側でも知ることができたらと思う。他の言語の場合でも、「言ってること、もっとあるじゃん!」と思うことは時々ある。

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