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エニアグラム・エニアグラム・エニアグラム・・・

いったいどうしたというのだ?エニアグラムが性格分類の道具だという主張があまりにもおかしいと思って書き始めたのに、次々と考えが浮かんでくる。

田んぼはエニアグラムだ。脱穀の過程と翌年の苗代の過程がつながっているって見えるじゃないですか・・・

ガソリンエンジンはエニアグラムだ。排気処理が爆発や吸入と関わっているって誰でもわかるじゃないですか。

田植えとか、プラグによる爆発とか、ショックの位置が簡単に想像できて、その前後の関連性もなんとなく見えてくる。

 

昔さんざん考え、そして、占星術などをやりながらも、エニアグラムを見て考えたことはずっと心の中に残っていたわけだ。

 

占星術の象徴であれ、九星であれ、エニアグラムであれ、そこには世界がなにがしか一つであり、一つの法則につかさどられており、複数のコスモスが関係しあってできているという世界観を表現している。

その、表現するにしきれない世界というのは、ほかのどこでもない、この世界のことなのだ。

神の世界にしか、エニアグラムは存在しない。

 

間違った知識は世界を限定させる。世界を間違って認識させてしまうのだ。世界が物の世界で三次元の空間だと思ってたら、楽かもしれないが、結局何もわからないよ。それは事実ではないのだから。

 

またさんざん考えたらいい。そしてできることをやるだけやって、それでほっとけばいい。そうすれば、向こうから知識はやってくる。目の前にそのプロセスが見えて、初めてそれでわかったことになる。

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