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個人主義の終焉

振り込め詐欺の被害の拡大が止まらない。警察もお手上げの状態だ。その手口も、いわゆる「母さん、助けて」の形式だけではなく、投資話を持ち掛けるなどあの手この手で高齢者の貯蓄を狙っている。麻生元総理が、お年寄りのタンス預金を引き出して景気回復を行うというような演説をしていたことがあったが、実は振り込め詐欺グループや訪問販売の布団屋やリフォーム屋が一番この「経済効果」をもたらしているのではないか?

 

今まで、年金をもらい、退職金をもらい、いろいろな投資をしたりして、とにかく金があれば、何とか老後生活はできるという前提があったわけだ。しかし、そういうお年寄りをハゲタカのように狙う悪い奴から、自分では自分を守りきれない状況になったということになる。

その「自分で守る」ということの中には、「警察に頼む」「警備会社に頼む」というようなことも含まれている。その警察も、様々な情報機器やメッセージ手段の発達により、一人一人の面倒を見切れない。

 

恐らくそこで、一番頼りになるのは、一緒に住んでいる若い人の存在である。

 

個人主義・民主主義というものは、一人一人の経済的な環境・社会的な環境が保障されているという前提がある。年を取っても老人ホームや介護施設で金さえ出せば安心して暮らしていくことができる。一人で病気になっても保険制度で多額の医療費を負担しなくて済む。女性が一人暮らしをしても、警察のような公共の権力に訴えればちゃんと守ってくれる。

ところが今こうした前提が崩れ始めているのだ。すると社会はどうなっていくのだろう?

 

平安時代社会の平等が崩れ、武士の世の中が到来した時に、一族郎党の連帯責任という社会システムが生まれた。父親が犯した罪は子供や妻も同罪であり、償わなければならない、という決め事だ。一見今の世にはいかにも不合理なことのように思えるが、しかし現実の社会はそちらの方向に進んでいくと私は考えている。

なぜなら、社会システムが経済的に一人一人の面倒を見切れなくなってきているからだ。

 

ゆっくりゆっくりではあるが、今の社会もだんだんそうなっていくと思う。家族のきずなが強く、沢山子供がいれば何とかなる、ということが現実になっていくだろうと思う。

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