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あちら側に届ける

最近は中学生の藤井総太四段がデビュー以来負けなしの連勝記録を作ったり、今までの最年少棋士の記録を持っていた加藤一二三九段が引退されたり、いろいろ将棋に注目が集まっている。

そうしたなかで、どこかのテレビ番組か何かで、プロの棋士は盤面を見ているときにあまり目が動かないというのをやっていたと思う。

なんか機械みたいなものを頭にくっつけて、将棋を指しているときの視線の動きを計るわけですよ。
素人はあの駒がこうなって次にこの駒をこう動かすから・・・みたいなので、盤面をぐるぐると視線が動く。
ところがプロ棋士は将棋盤の一点を見つめてあんまり視線が動かないというわけです。全体を一つの模様というのかある局面としてみている、ということですかね。

里見加奈さんの時も聞いたことがあるけど、藤井さんも散々詰め将棋をやって、それでパッと見ると次の展開がわかるような感じになっておられるんでしょうね。

 

でも、それを聞いていて、自分はこのホロスコープのことを考えていた。ホロスコープもそうあるべきなのです。

お亡くなりになったけど、阿含宗の前の管長さんで桐山靖雄さんが、占いの晩を立てた時に「ええっと、八白土星の象意はなんだったっけ」などと始めないで、とりあえず盤面をひとしきり眺めてみろ、その時のひらめきが大事だ、みたいなこと仰っていた。うん、これはいいな、とか、これは難しいな、みたいなのを大事にしろ、というわけですよ。それで盤面を見るや、霧が晴れるようにその状況が手に取るようにわからないとだめなのだ、みたいなことを仰っていた。

それだね。最初からそれができると思っちゃいけないんだと思う。何回もいろいろ盤を見て、ああでもない、こうでもないと繰り返すうちに、「あっ、これあかんな」「これはこうだな」というのがわかるようになるのだろう。

将棋の場合はある意味限られた盤面だけの勝負だから、繰り返すことによって熟練もするのだろうが、占術の場合対象はずっと広大な実際の人生である。これは大変だ。伝説に残る占術師達というのは、結局そういうことに熟練した人、向こう側に橋を架けた人ということになるのだろう。

 

しかし、いずれにしても大事なことは継続だと思う。繰り返すこと。理性的な思考というものは、信仰のようなものを馬鹿にしがちだ。しかし、それを続けたり繰り返したりということを、是非もなく頭から信じてやらないことには、向こう側の岸にそれを届けることができないのだ。

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