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ペルシャ兵の涙

ヘロドトスの歴史の一節で、ギリシャに進軍したペルシャ軍の何人かと進軍先の現地のギリシャ人、ペルシャ側についた国なのかどうだったのか詳しいことは覚えていないのだけれど、そのギリシャ人とが宴席を設ける場面がある。
ペルシャ人の一人がギリシャ語ができ、他のペルシャ人にはわからないと知っていてギリシャ人に話しかける。

今ここに何万と集まっているペルシャ兵のほとんどが、何日か後には誰も残っていないことになるのだ、とそのペルシャ人はいう。

それを聞いたギリシャ人は驚いてペルシャ人にいった。もし、あなたがそのことを知っているのなら、大王や国の主な人にそれを告げて戦争を思いとどまらせるべきではないか?

すると、ペルシャ人は、人はアナンゲー(必然)の力に突き動かされており、定められた運命を変えることはできないのだと言ってさめざめと泣いたという。

アナンゲー、現代の発音ではアナンギーだけれど、迫られてやらなければならない事柄というような意味から、のちには災禍や苦労というような意味にもなった。

 

ペルシャ戦争ではペルシャ軍はギリシャに280万の大軍で押し寄せたとヘロドトスは言っており、それが字義通り史実かどうか私にはわからないが、少なく見積もっても数十万の軍勢が押し寄せたのは本当なのだろう。ヘロドトス自身も言っているが、仮に軍勢が280万だとしても、コックさんとか妾だとか商人だとか様々な人々がこの軍勢に同行しており単純な人数だけなら倍にもなるだろう。そして、それに同行している馬や犬の数を入れれば川が枯れるぐらいのことは当然だろう、それぐらい大規模な人数が動いたのだ。

テルモピレーの戦いでスパルタ軍に勝利しアテネを焼き討ちしたものの、サラミスの海戦で敗れて大王は退却し、その後30万ほど残ったマルドニオスの軍はプラタイアの戦いで全滅した。

 

自分もこの間、何かのことを考えていて、このことを思い出した。政治的なこと、大きなことを変えようとか、そういうことを考えても、それは簡単なことではないのだ。

先の太平洋戦争にしてもそうで、1億の日本人がそれを体験し、様々な視点からそれを見た。ある人はそれが正しいことだと思って行い、ある人は間違ったことだと思った。軍に志願した子供を誇らしいと思ったことも悲しいと思ったこともそれぞれが真実だと思う。そういう実際の出来事においては、定規で引くように「まっすぐこうなりました」などということはできない。

だけど、なぜ古代の人はこのようにリアルに運命ということを思い描くことが出来たのだろう。まさにその通りだと思うのです。

考えの上では、何かが正しいと思い実行に移す。だけど、反対する人が出て、賄賂をもらう人も出て、途中で逃げ出す人もいて、結果的になるようになっていくことになる。

 

その大きな運命に対しては普通の力というのは無力だ。ただ、もしそれを変えることができるものがあるとするなら、誰かひとりが結んだ小さな実こそが、そうしたものになるだろう。

 

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