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仏教も大変だ (2)

世間的に「懺悔」は「ザンゲ」と読まれ、キリスト教の罪を告白する儀式と思われているが、ほんとうは「サンゲ」と言って仏教の言葉である。仏弟子になる、戒を受けるに先立ち、それまでの自分の行いを告白することで、意味合い的にはキリスト教で使われている言葉と同じである。

 

だけど、日本仏教ではこれも死後、初めて行われることになる。生前は受戒しない、戒名を授からないということになると、日本国内で坊さんのほかに仏弟子は形式上はいないことになってしまう。私は僧籍を持っているという方にはお会いするのだけれど、在家で受戒して私は○○居士ですという方には、私は経験不足なのかお会いしたことはない。

というわけで、死者がでると、そのときに懺悔と受戒を行って、仏弟子になってもらって戒名をつけるわけだ。

 

ところがキリスト教の場合、生きておれば自分で考えを悔い改めてよい行いをし天国に入れるように祈ることもできるけれども、死んでしまうと自分ではそれは出来ないと考えられている。生前の積善で天国にいけなかった人は、自分ではもう変られないから、ほかの人が祈ってあげないといけないわけだ。それでも最低生前に洗礼を受けて懺悔をして、ご聖体は受けておいてくださいということになる。
ところが日本の仏教では死んでから懺悔しましょう、ということになっている。

一応これもほかの人がその人のために拝んであげるという考え方はあって、回向(えこう)というらしい。

 

理屈はいろいろあるのだろう。だがなんか釈然としない。

ま、私ははみ出し者だから、首を突っ込まなくてもいいようなものだが、中の人はどう思っておられるのだろうか。

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