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取り組む

自分の考えていることを書こうとすると、書いた時点で馬鹿みたいなことを書きそうなんだよなあ。

 

長生きの話の続きです。

自分の考えでは、取り組んでる人の方が、取り組んでない人より長生きすると思う。

 

たとえば、音楽が好きだとする。なんとなく漫然と音楽を聴くこともできる。しかし、そこで歌うとか、よりよく歌うとか、あるいは自分で音楽を作るとか、伴奏をしてみるとか、何かできないことをやってみるというときに、「取り組む」ということが生まれる。聞く対象を選ぶということもあるだろう。

「見る」とか「聞く」という場合、もっとざっくり言って「生きる」こと全般について、何もしなくても自分が生まれてこのかた、自分に与えられたリソースを使っている。それは世間一般の科学者にとっては「脳」という表現になるかもしれないし、仮に脳でなかったにしろ、何らかのリソースを使っていることには変わりはない。

10分間何かを見れば、それを見た記憶は残る。そこで何の努力をしなくても。そこでリソースは使われる。

たとえば、それは80年用のカセットテープかビデオデッキのようなものだと思ったらいい。生きている間、あなたに与えられた80年だか72年だかわからないけど、ある長さのテープには経験が書き込まれていく。

何もしなくても、そのテープは書き込まれる。そのリソースは使われる。

 

もし受け身で音楽を聴くとか、テレビを見るとかしている場合、そのテープはジャンジャン書き込まれるだけでそれ以上はないと思う。

しかし、もしそこに取り組みがあるとしたら。

取り組みについて、該当するギリシャ語を探すと、実はそんな言葉はなかなかなくて、αγώνα(戦い)みたいな単語を使う。そこでは戦いが起き、熱を発する。それは、実は単なる消費ではない何かが起こる。自分は受け身のままそれを繰り返し発現していくのではなく、何か自分のものになる。何か違うものが生まれる。

 

書いてみたけど、全然ダメだなあ。でも、多分そうなんですよ。漫然としていてはもったいない。

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