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東日本大震災10年

いや、まあ、普通はこれであのときは大変でしたみたいな話をするべきなんでしょうが、ちょっと違うことを書きます。確かに、あのときは、直接は何の被害もなかった私も、混乱もし、悲しみもし、まるで津波の幻影みたいなのに襲われたりもしました。でもそういう話ではなくて。

Youtubeなんかでも、東日本大震災10年ということで、どのテレビ局が津波が起こった瞬間どういう報道をしたのか、みたいなのが改めてお薦めに上がってきたりします。ときどき気になってチラチラ見たりします。

 

でも、自分自身の記憶でもそう思うのですけど、気象庁もNHKも実によくやっている。

まず緊急地震速報が流れ、そして大津波警報が発令されます。自分もあのとき、テレビではなくてWebでだったですけど、津波の予想の高さ20mとか表示されていて、そんなことがあるのか!と驚愕した覚えがあります。あるけど、およそその予報は正しかった、あるいは少なくとも意味がある予報だったのではないでしょうか。予報の20mに対して実際が15mだったのか30mだったのか知りませんよ。多分大幅に予報数値を超えるということはなかったと思う。大体予想される最大の津波の高さを報道していたと思う。
時間的にも素晴らしい。あの報道を受けて一直線に高台に逃れた多くの人が助かった。もしテレビが行き渡っていなかったら。もしこの予報体制が確立していなかったなら。恐らく数十万人の人々、ひょっとしたら100万人以上の人が亡くなっていただろう。大川小学校のようにいろいろな判断で残念ながらお亡くなりになったケースがあると我々は知っています。それはすぐに批判の対象になる。しかし、大きな目で見たときには、あのタイミングであの予報が出せるということは素晴らしいことだった。

一方で、あのときNHKも気象庁も、大きく批判されることがあった。

NHKは原発の爆発映像をほとんど放映しなかった。気象庁はSPEEDIで放射性物質の拡散がほとんど正確に予想できていたにもかかわらずそのデータを公開しなかった。あそこで多くの人が放射能を避けて逃げなければならなかった。そのデータがあったならどれほど助かったことか。その対策をしてきているのに、公開しなかった。

そうではあるが、しかし、防災の体制として、素晴らしい対応だったと思う。

その後気象庁は、詳しい情報を伝えるのをやめて「今まで経験したことがないような」みたいな表現を使うとか、迷走している。そりゃ、数値に根拠を置いた表現をしたほうがいいでしょうよ。

 

いや、なんでそんなことを言うのかというと、ひょっとしてここがピークなんじゃないかと思って。つまり、今が文明のピークで、最高の体制が取れた上での2万何人かの死者・行方不明者なのではないかと。

 

ご存知のようにアナログ放送は終了し地上デジタルになりました。地上デジタルでは、状況の連絡が数秒は遅れます。

NHKは様々な批判にさらされていて、組織改革が叫ばれており、ひょっとするとスクランブル放送みたいなのが実現するかもしれない。

各地で人口が減っており、山の中のインフラを管理するのも年ごとに大変になるでしょう。

地方の自治会は崩壊しつつあるように思える。地域を支える人材が減っている。そうすると、市役所から田舎の廿浦浦に発表されていた災害対策は、実際には実行できなくなるのではないか。

 

明治から富国強兵で、西洋に追いつけ追い越せと文明が発展し、あらゆる仕組みが作られてきた。恐らくそれは現在満足できるレベルになった。その巨大な体制をある意味我々自身が維持できなくなってきている。高速道路もそう。原発もそう。NHKも気象庁もひょっとするとそう。

もし次東南海地震が起こって、大きな被害があったときに、東日本大震災の教訓があるから、今度こそもっと被害者を減らせるのではないか、というのが普通の考えです。ひょっとしたら違うんじゃないか。

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