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「火」を使うのは「自然ではない」のか?

電気自動車、ほんまにエコか?というのがいろいろ疑問があった。

まず、動力と電気の間の変換ロス。電気対電気の仕組み、たとえば変圧器のようなものは・・・そうだ、大昔小学校で読んだ本だ・・・ほぼ計算通りの出力がある。しかし、対動力の変換、つまりモーターや発電機の場合はロスが大きくて、大抵理論的な数値からは乖離する。

ガソリンを焚いて直接走るのと、ガソリンで回転させたエンジンを電気に変えて、電気からまたモーターに変えるのでは、効率が悪いのではないか?

次に送電ロスの問題がある。長い電線で充電場所まで電気を引っ張って、かなりの送電ロスがあるのでは?

 

ところが電気自動車を推進する側の主張はこうだった。通常のガソリンエンジンというのは、ものすごく効率の良いものでも、ガソリンを焚いて生じるエネルギーの20%ぐらいしか利用できないのだという。大発電所でそれなりの設備で発電すればもっと効率よく発電できるし、送電ロスなどを計算に入れても、モーターの動力のほうが最終的に使う石油は少なくて済むというのである。

なるほどなあ。たった20%なら電気自動車がエコだと言ってもいいのかもしれない。あとは製造時に使うエネルギーの量などもあるだろうが、そういうものは出荷台数が増えれば減っていく可能性もある。

 

それでいいのか?

 

漠然と、自分は自分の家で赤飯や餅を作るときのクドについて、考えていた。電気やガスに比べれば原始的だ。山から切ってきた木、住宅や農作業で使った廃材、そうしたものを焚いて湯を沸かす。バンバン湯が湧けば、上に蒸し器を置いてもち米を蒸すわけだ。

エネルギー効率から言えば、圧倒的にわるい。しかし、これでないとあの味は出ないよ。

それに山の木をある程度切ってやることは意味がある。木や草が生えたままになっていれば、どんどん野生の動物が増えていく。美しい田園風景は失われるだろう。

 

石油、石炭といっても、もとは太陽エネルギーの蓄積だと自分は理解している。

山の木は太陽で育つ。で、生えたら生えまんまが「自然」でいいのか。

 

あれやこれやを考えているうちに、根本的な問題、つまり「人間が火を使うのは自然に反することか」というのが疑問に思えてきた。それを我々は無条件に肯定していると思う。人間は自然に反した生命体である。地球の資源は限られている。人間が使っているのは要するにエネルギーの浪費なのだ、という考え方が根底にあるから、「エコにしないといけない」と我々は考える。

石油や原子力は相当話が難しいにしても、人間が火を使いだしたのは、いわば自然にとってあってはならないことだったのか?

多分違うんじゃないか・・・だがどう違うんだ?わかりません。わからないけど、そんなことはあり得ないと思うんですよ。人間は地球に生まれるべくして生まれた生命体だと思う。火も使うべくして使ったと考えるべきなのではないか。もしそうでないなら、つまり人間が圧倒的に地球の資源を枯渇させて地球を滅亡させるためだけに存在しているような生命体なら、そういう生命体は存続しちゃいけない。でも、それおかしいでしょ。

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