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墓 (2)

前に、誕生日や命日がみんな同じ?という記事を書いた。別々に葬られた妻が夫をしたってその墓に入りたいと願った。それはそれで不思議なことなのだけれど、考えようによっては生前の妻の思いが残留しただけで、死後には意志のある何らかの存在は残っていないと考えることもできる。

 

しかし、それだけでは収まらないことがある。

 

実は、この夫の母は離婚していた。

この人は長女で兄弟に男児がなく、一度婿を迎えるという形で家に旦那さんが来られた。子供が出来たのだが、奥さんとそりが合わなかったのか、旦那さんは実家に帰ってしまわれた。お母さんは息子を一人で育てたのである。そして、息子も奥さんが実家で死んでしまったので、孫の代は養子をもらって跡を継いだ。これ以前の家系と私には血筋が一旦途絶えている。

このお母さんも息子さんも比較的長生きをされて、お嫁さんがご実家で亡くなった後もずっと一緒だった。お母さんにしてみれば、子供のときは一人っ子で夫なく女手一つで育て、奥さんがなくなってからは養子をもらったとはいえ血のつながった二人ということでそれなりに仲良く過ごしたのだろう。

お母さんも息子さんも年齢とともになくなり、息子さんはお母さんの墓石の隣に墓石を立てて葬られた。

 

ところが、この後に件の息子さんの嫁さんが、ご実家から一緒に葬ってほしいと申し出られたのである。そこで、お嫁さんの墓がお母さんと息子さんの間に割って入るように作られた。

 

さて、もう私の生きている間の話になる。一族のあるものが、仕事でトラブルがきっかけで、頻繁に家を空けて遠くに出るようになった。家出ということになるだろうか。最初のときは大騒ぎだった。私は当時田舎にいなくてすでに関西にいたのだけれど、2回ほどは騒ぎが起こった時に実家に戻った。しかし、それはたびたび起こっていたらしい。

この者は、いわば家出をするのだけれど、帰ってくるとまるで何事もなかったかのように仕事に戻る。仕事場の人も普通ならそういう人は嫌がるだろう。しかし、当人が割としっかりした職人だったこともあり、以前からのいろいろな関係もあったのだろう、とても寛大に処遇してくれて、仕事を失うことはなかった。しかし、あるときまたどこかに蒸発してしまって帰って来なくなった時に、家のものも困ってしまい、いろいろ相談した挙句、拝み屋さん、最近の言葉でいうと霊視できる人に見てもらうことになった。

 

あるお寺にそういう方がおいでになって見ていただくと、最近淋しくなった女の人がいて、迷っているのだという。

この拝み屋さんにいったものは何のことかわからなくて、聞いて帰ってこういうことを言われたと告げた。すると、家の昔のことを知っているものが、それは件の嫁さんが帰ってきたことによって一人になったお母さんのことだとピンと来た。

 

この迷っている仏さんを成仏させるというか、迷いを解いてあげるというのは、これはこれでまた一つの話になっている。長い話だねえ。だけど、私のすぐ周りで起こったことなんだよ?しかし、とにもかくにもそういうことが起こったのです。

 

考えてみてください。

もし幽霊というか、死者というものが残留思念で、死後にはその思いが変わることがないとするならば、なぜこの人はこの嫁さんが息子と一緒に葬られることになって淋しいというようなことになるのでしょう?そして死者が完全に魂になってどこか知らない遠くに行ってしまうと仮定するなら、別に墓石の位置で、間に誰かが葬られたなんてことは関係なさそうなものじゃないですか。

しかし、現実には、まるで死者が墓の中で隣で生活を営んでいるかのように問題が起きて、しかもそれが私たちにも大きく影響を与えたことになるわけだ。

 

だから、死者は墓の中にいるのだ、みたいな簡単な話ではないのだろうとは思うが、昔から行われていることには何らかの意味があるのだろう。結論はわからないのだが、生きているものとして、トラブルなく平和に過ごすということが大事だということだろう。

2 thoughts on “墓 (2)

  1. ネコ

    興味深い話ですね、いつも間の抜けた時期にコメントを書く私は何者でありましょう。

    拝み屋さん、ありましたね、今もあるのでしょうか?
    あるように思います。
    淋しくなった女の人が迷ってでている、、。
    成仏させてあげるにはどうすればいいのでしょうか?
    血筋とか因縁家とか確かにありますね。
    後が続かない家とか、、、。
    科学では解明出来ない何かが確かにあるように思います。

    ここで一つ、、。

    誕生日や命日がみんな一緒!
    そういう事があるかもしれない。

    実は、先日、偶々、わかったのですが、
    私の行っているキリスト教会の知人なのですが、
    その人の息子さんと、私の主人の誕生日が同じ(生まれ年は違います)1月25日
    その人の息子さんの嫁さんの誕生日と私の誕生日が同じ(やはり生まれ年が違います)4月21日

    えっ?!

    それを聞いていたほかの人達も、ええ~!
    不思議なご縁ですね!と顔を見合わせました。

    こんなこともあるんですね、
    2組の夫婦が、これからどんな運命を送るか、我が事ながら興味深いです。
    占星術上はどうなんですかね?
    年が違うから関係ない!のでしょうか?

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      ネコさん、こんにちわ。
      コメントありがとうございます。

      そういう興味深い事例があった場合、自分は色々説明を考えます。
      私の家のように、死者の念が残っている等と言われる例もありますし、一概には言えないのだろうと思います。
      また、占い上何かの偶然の一致があって何か意味を探してみても、結局何もなかったり、逆に現実に不思議なことが起こって占星術上の意味を探っても思うような結果が出なかったりというようなことは残念ながらいろいろあります。
      ただ、1月25日の旦那さんと4月21日の奥さんというのは、太陽同士が大体120度の関係になります。
      一つの説明として、山羊と雄牛ですから、性格や本音の似た者同士、相性のいいご夫婦ということは言えると思うのです。

      くだんの拝み屋さんについては、その寺がどこなのかわかっているので、自分としては一度検証というか、話を聞きに出向いてみたいとは思っています。
      関係者が生きているとか、ご先祖様への遠慮ということもあってどうしようか迷うのですが、書き残しておくべきではないかと思っているのです。

      返信

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