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疑いやのトマス

だってさ、占星術のデータも膨大だし、人生も膨大だ。

 

ほんと、占星術上、あれこもこれも調べろということになる。

ほかの人ってどうやってるんだろ?たとえば一時期の出来事にしても、ホラリー、トランジット、プログレッション、ネータル、プログレッションでも私は惑星同士のものってあんまり見ていない。盤を見ればわかるよ。あ、今合だ。こうなってる。

でもさ、全部が並んでいても解釈のしようがないよ。

 

一方人生も間違いなく膨大だと思う。

 

子供のころからそれは自分の信念としてある。

どんなことであっても、人生であったことは自分で知ったこと、自分で経験したことだ。自分の人生を超えることは自分の人生で起こるはずがない。どんなに良くできたドラマや映画や小説であったとしても、自分の人生を超えて自分に受け取れるということはない。小説や映画が現実以上に不思議だ、なんてことがあるはずがない。

 

ながーい、人生の間でさまざまなことを経験する。

これが大事なことだ、と信じられている人は幸せだと思う。そういう人もいると思うんだ。ひとつのことに打ち込んできた人はそうかもしれない。

私の中では、これが大事だろうか、これがどうだろうかという、ばらばらの断片が存在している。大事にしてきたものが何かの拍子に崩れ去る。それでも何事もないように今日を過ごしている。

過去にこんな瞬間が自分にあった。まさか・・・

 

そうすると、やはり一個一個の占星術の何かというのは、確認するしかない。

 

疑え、疑え、疑え。

トマスは好きな聖人かも。主のわき腹に指を突っ込んでみないと信じないと豪語して、使徒の間では布教の際にババを引いてインドにいったと言われている。

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