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統計のようなものは

統計、実証、こういうものは他人を納得させるために必要なものである。ひとりであれば関係ない。

 

もし、目の前で火事が起こっていたら、それはあなたにとっては疑いようのないこと、大変なことであって、「しかし、統計によると1000戸の家で10年の間に火事が起こる確率は~%だから、火事が起こるはずはない」などといわれても仕方がないことだ。ずっと離れた遠くの人に火事で困っているということ伝えるために、初めて本当に大変な被害にあったということを具体的にいう必要がある。

 

多くのことでこういうことが起こっている。 宗教的なこと、神秘的なこと、霊的なこと、こういうことではしょっちゅうだ。誰もが宗教的な理解をもっていないし一定の達成があるわけではない。霊が見えるということも、その辺の誰もが四六時中そうなっているわけではない。

 

だけど、問題はメディアが発達し、ごく普通の問題でもそういうことが起こったことだと思う。

 

小泉構造改革の時代、戦後最長の景気といわれた。 しかし、その間庶民の間には景気がよくなった、暮らし向きが楽になったという実感はなかったと思う。いま、増税をする前に景気を良くしなければならないといっている人もいる。それに反対するわけではないが、どうなると景気が良くなるのか信じられる話はないのではないか?

 

原発が爆発した。いままで決して起こらなかった大きな事故が起こった。 福島第一原発事故前には、5mSvの被爆をした原発労働者の労災が認められた。基本的な考え方として原発労働者であってもそんな被爆はしてはいけなかった。 東京の多くの人が放射性ヨウ素の味を感じた。金属のような、鉄のような味だそうだ。ツイッターや2chでさまざまな経験が報告された。目の前で体験しているのに「何も被害はないのだ」といわれる。

 

世間的に言われる頭のいい人にそういうことが起こりやすい。統計とか小難しい話が要らないとはいわないが、それをまるで自分の都合のいい道具のように使ってしまって、目の前で起こっている事実を見逃してしまうのだ。

しかし、問題はその反対はどうなるのか、だ。

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