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空耳

本日は、NHKのど自慢が伊勢市であったようだ。それで「伊勢市」というのを聞いていると、つい

είσαι σύ (イセ・シ)

を連想してしまう。ビョーキやね。

είσαι συは、今の英語でいうとare you,  昔の言葉ではart thouですか、二人称単数で「それは君です。」という表現です。

たとえばモアナの中で、「私はモアナ」という歌があって、死んだおばあちゃんが現れ「お前は誰か」と尋ねる。

その、「お前は誰かWho are you?」に相当するギリシャ語が「Ποια είσαι σύ;」(ピア・イセ・シ)になります。
ピアは女性の場合だけですけど、「誰」にあたる言葉です。

 

そういう「空耳」は時々あります。

尾野真千子さんは「おのまち」と略されたりすることがあるけど、「おのまち」は
「主の名によりて来るものは崇めほめらる」
Ευλογημένος ὁ ἐρχόμενος ἐν ὀνόματι Κυρίου.(エヴロギメノス・オ・エルホメノス・エン・オノマティ・キリウ)を連想させる。オノマティは現代語にはないけど、「名前」の与格になります。
アイウエオが日本語とギリシャ語は一緒だからそういう妄想が生まれる余地があります。

 

ところが先日Facebookの日本・ギリシャのページに極東イオニア人なる記事が出ていて、天照大神の「アマテラス」は「η μητέρα σου」(イ・ミテーラ・ス 君のお母さん)から来ているのだ云々という投稿がありました。

あっちも同じような妄想する人がいるんだ!でも、それはあり得ない。わたしよりもっとビョーキです。

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