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健康な人を基準にする

いま、ここの家はコンロがIH、電気だ。私は炒め物や卵、煮物なんかで・・・しょっちゅうしてるわけじゃないですけど・・・鍋を振ってまぜたいのだけど、電気だと鍋を浮かすと火が伝わらない。

実はこのうちには、IHのほかに、母屋と離れた小屋にプロパンのコンロがある。

ここは、さすがに鍋を浮かしても火がついている。が、それでも鍋を浮かすと勝手に火が小さくなってしまう。

最近のコンロはいろいろ安全装置がついていて、鍋の有無で火力を勝手に変えたり、一定以上の温度になると勝手に火が消えたりする。さらに、電池がなくなると、安全装置が働かないから、マッチやライターを持ってきても火がつかなかったりする。

 

要するに、ちょっといやらしい言い方になるが、粗忽な人間、ぼけ老人、能力的に最低な人間、芋を煮ておいて隣のおばさんと世間話に興ずるのが当たり前のおばさんを基準に製品ができているわけだ。健康・健全で能力があって、ちゃんと料理ができる人間がコンロを使うという前提がないわけだ。

 

思うにいろいろな点で、こういうことが起こっていると思う。

 

たとえばバリアフリー。段差がないのがいいとする。だが、段差がある生活というのは、足腰がしっかりしている人にとって、より筋肉や骨や運動能力が発達する、あるいはたとえば高齢者であってすごく能力が伸びなかったとしても、低下を防ぐ働きがあると思う。

 

それから、最近広告なんかで、障害物があるとブレーキを踏んでなくても勝手に止まる車の宣伝などが出ている。

だけど、仮にこれ、車の前でネコかタヌキが跳ねた時に反応してしまわないのだろうか。この辺でも結構タヌキやネコなどが道路で車に轢かれて死んでいる。かわいそうではあるのだけれど、一定の速度で跳ね飛ばして走りすぎるから、タヌキは死んでも人はどうもないわけだ。しかし、もしタヌキが跳ねたことによって、車が運転者の意志に反して急ブレーキがかかったとしたら、結構危険ではないか。ここではタヌキということにしたが、タヌキでなくても人の意志が非常に無視される状況というのは怖くないですか。

 

昔ペルシャの大王が言ったように「やわらかい土地からはやわらかい人間しか生まれない」のであって、ある程度健康な人間には健康な環境を用意しないといけないのではないかと思うのだが。

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