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一般的に知られている知識

前回のコメントで、おとめ座の子供のほっぺたを触ると、意外に柔らかくないということが出てきた。

 

わかるか、そんなこと!

そう、普通は知りようもないことだ。検証も事実上出来ないだろう。

あなたが仮に疑問に思ったところで、病院で新生児室で次々子供のほっぺたを触ったり、幼稚園に乗り込んで子供の出生時間を調べ上げ子供にほっぺたを出させる・・・などということはできない。

 

しかし、もし集落や病院の人間がみな占星術的な知識を共有しているという前提があったら?

 

あることを周囲の人々がみな同様に確認しあっている社会において、そこで暮らす子供や外部の人間も同じことを確認することを迫られる。そのあることは真実であるほうがいいが、真実から遠くはなれたことである可能性もある。

たとえば、「無常」なんてのはそうですね。多分西洋に行ったら、無常は多くの人に理解はされない。「大安の日に結婚する」というのもそう。

 

しかし、データで検証するのは難しくても、何かの真実や感覚を反映するものが、多くの人にとって共有されている知識であるかどうかというのは、とても大きな問題である。大人が正しくそれを認識していれば、子供はその認識に対して時間を費やす必要がない。味覚などは最たるもので、良い味覚を持ち、結果的にそれが健康につながる食生活をもたらすような大人の間で過ごす子供は、その後もその感覚を食生活や料理の習慣などとともに受け継ぐことになる。

 

たとえばお釈迦様の行いを伝える最古の仏典には、「月がラーフの囚われから脱するように」などという記述がある。これは、その時代の人々にとって、占星術上の知識がある程度共有されていたことを示している。ただ知識があった、というだけではなく、そういう風に言えば「ああ、そういうことだな」と納得できる知識が人々に共有されていた、ということになる。

 

しかし、ある知識が共有されていない場合、あるいは間違った知識が共有されている場合、そのような人々の中で暮らす人が真実を知るのは大変な苦労が必要になる。

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