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Oikonomia (2)

Oikonomia(慮り)という思想に慣れていないクリスチャンの皆様も、福音書の中で、キリストが盛んに農業や商業に天国を例えているのをご覧になっていると思います。

 

たとえば、麦を育てて、実をならすという考え方。からしだねの喩。タラントの喩。金を預けておいたら、それを元手に金を倍に増やした僕を主は褒められました。しかし、同時に福音書は「神と富とに兼ね仕えることはできない」とも言っているのですから、福音書は商売して金をためろと言っているわけではないのです。

 

またこのoikonomiaの思想の中で、とりわけ大きく取り上げられているのは、アダムとエバの楽園の追放と、それによって閉ざされていたパラダイスへの道をキリストが十字架と復活によってもたらしたという考え方です。この世できちんと「稼いだ」金が最終的に神への捧げものになるということが、アダムの罪のためにできなかった。しかし、キリストが人々の罪を背負って十字架にかかり、復活したことによって、自ら神への最初の捧げものになった、という考え方です。

聖書はこの部分を非常に重要視し、創世記の最初にこの話を持ってきた。それゆえ、放射性元素で年代を確定する現代の科学から見た時に、聖書の歴史観をそのまま受け取った教会の考え方は大変矛盾しているように思える。

しかし、事実はそうではないと思う。生命の歴史で38億年ですか、あるいはチラノザウルスがいたのは7000万年ぐらい前でしょうか。それがわかっている現代であるからこそ、わかることがあります。聖書がそこにフォーカスしたのは、その部分が人間にとってとりわけ重要だったからです。チラノザウルスがoikonomiaでないわけではない。だけど、聖書が伝えたいのは別の重要な思想だった。聖書の中にチラノザウルスの卵がどのように生まれているのか書く必要はなかった。一人の人間が人生で知る内容としては、そんなことは多すぎる。

 

なぜ、占星術のブログで突然このような神学だかコスモロジーだかの講釈を始めてしまったのかというと、命について、人間の人生についてこれが真実だからです。先日のご質問で、進化の問題や化学との関係で占星術がどういう位置づけになるのか、よくお分かりにならない方もたくさんおいでになると思いました。

キリスト教は、近代科学に対して、迷信の集まりで非科学的で間違った古い考え方の代表のように考えられがちです。現実に西洋人はこの教えを曲解し、世界中であらゆる破壊と残虐の限りを尽くしたと言えるかもしれません。

では生命について現代の科学が説明できるのかというと、実はできないのです。

個別の現象についての研究はもちろん進んでいますよ。遺伝子の問題についても、驚くべき進歩をしています。医学でも薬学でも栄養学でも生物学でも、素晴らしい進歩を遂げています。

では当の生命について説明できるか・・・できないのです。

 

キリスト教は、実はこれほどの教えがどこにあったのか、というほど、そうした問題に対して詳しい答えを用意しています。みんな、びっくりするほど探していない。びっくりするほど見るべきものを見ていない。下らない迷信のほうにばかりフォーカスしている。実は教会は恐ろしいほどそういう問題に対する答えを正確に用意しており、また2000年間変わらずその真実を伝え続けています。

 

同じ占星術の方法を受け取ったとしても、そのもとになる考え方として、人間はごちゃ混ぜのスープのごった煮から偶発的に風が吹けば桶屋が儲かる的に生まれたものだと理解しているのか、一定の法則性のもとに生まれたのかという理解をしているかどうかによって、答えは当然異なります。

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