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「あの人はそんな人じゃないよ」

人が何か悪いことをした、というようなうわさを聞いた時に、我々は「あの人はそんな人じゃないよ」という。その人に対して信頼しているわけだ。ほかの人からそういうセリフを聞くこともある。

一般的に本人が「悪いことをしていません」というよりは、他人さん、第三者の評価で「あの人はそんなことをする人じゃない」というほうが信頼できるということがあると思う。だから自分が「こいつはいけすかん奴だ」と思っても、第三者が「あの人はそんな人じゃないよ」といえば、自分の考えが違っているのかもしれないと疑ってみるかもしれない。

 

自分自身も「こんなことをしちゃだめだ」という線引きはある。通常誰にでもあると思う。その線引きが緩い人もあるし、固い人もある。置いてあるビニール傘ぐらいどうとも思わない人もいるかもしれない。自分はたぶん周囲からは固いほうに思われていると思う。

 

しかし、自分自身を考えてみても、それは絶対そうだ、絶対これは守る、ということは言えない。こんなことはやっちゃいけない、そういう何かをやってしまうことがないとは言えないのだ。自分はあちこちに引っ越しをした。社会的にも新しい環境に飛び込むことは正しいことだと思ってきた。それで、様々なストレスもあるし、誘惑もあるし、難しい状況に直面することもある。こんなことをするはずがない、これは悪いことだ、というようことをやってしまうことはあるのです。

 

日本には宗教がない。人々を規制する絶対的な基準というものが希薄である。それは逆に言うと、たとえば就職先の会社が絶対的な力を持ってしまう可能性がある、ということにつながる。ブラック企業だとか、枕営業だとか、世間ではいろいろ言われているが、もしそこで「必ず日曜日は休まなければなりません」「豚肉を食べてはいけません」「夫婦以外の人と寝てしまっては天国に行けません」という規範が会社云々に先立って当然の前提としてある国であったら、たぶんそれはあまり問題にならないだろうと思う。たとえば職につけなくて餓死する人はいても、労働時間を違反して過労死する人はいないかもしれない。でも、日本の人は過労死してしまうんですよね。

 

自分も、ものすごく社会的な犯罪を犯したというわけではないのだけれど、「あのときはなんであんなことをしていたのだろう」と思うときはあります。自分が信じられる、というのはだいぶ先に行かないとダメなんじゃないかと思う。

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