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多分、この会話があったのだろう

「その日、二人の人がいて、一人は取られ一人は残される」

 

これは福音書によっていろいろなことをしている人がいて、一つの寝床に二人の男がいるとか、二人の女がひとつの石うすを回しているとか、畑にいるとか、いろいろに言われている。

「主よ、もし一人の人がいたらどうなるのですか?三人だったら?」

しかし福音は二人の場合しか書いていない。

 

日本語聖書では「二人の男がいると」とか「二人の女がいれば」などと訳されているが、本当は

「もし二人の男がいたならば」

と書いてあるわけではない。単に「二人の男がいるであろう、そして一人は取られ一人は残されるであろう」としか書いてない。二人だったら、と言っているわけではないのだ。

 

自分はこう思う。

この世は滅びるだろうと先生が仰っているわけです。すると、誰かが「そのとき我々は一体どうなってしまうのですか」と聞いたのだろうと思う。たとえ口に出さずとも、当然のごとくに「えっ、どうなるの?」と思うはずであり、何人かのお弟子さんがそれを聞いていればそのときに声を上げた人がいたのではないかと思う。

当時、スーパーマーケットはなかっただろう。車もなかっただろう。しかし、今風に言えば、その人が当然のごとくに聞きたかったのは、「俺は毎日大工道具を積んで仕事場にバンに乗って出かけている。その日にはどうなってしまうんでしょうか。」「私は毎日夕方スーパーに買い物に行っています。その日にはどうなってしまうんでしょう?」ということだった。

 

そこで、お前はいつも通りバンに大工道具を積み込んでエンジンをかけるだろうさ。しかし、その日には二人の人間がエンジンをかけて、一人は取られ一人は残される。

お前はスーパーに買い物に行くだろう。いつもの道を通ってな。だがその日には二人の人がスーパーに買い物に行くだろう。そして一人は取られ一人は残される。

 

言い換えれば、何も変わることはない。いつもと同じなのだ。

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