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心の貧しいものは幸いである (2)

前に、「心の貧しいもの」というのは誤訳だろうという記事を書いた。精神における貧者、というのが正しいだろう。

しかしそれでもなお、「精神における貧者」とは一体何なのか、ということが中々わからない。

 

ところが先日また別の機会に天国について記事を書いた。そして、その説明をしているうちに、自分が期せずして「精神においてだけ貧者である必要がある」と書きかけていることに気が付いた。

 

天国というのは、天に宝を積まないといけない。天に宝を積むということは、この世でその報酬を受け取ってはいけないということである。

キリストはこのことをいろいろな言い方で言った。
右の手ですることが左手にわからないようにしろ。
断食をするときは苦しそうな顔をするな。彼らはその報いを受け取ってしまっている。

たとえば断食をすることが神に近づくために善いことであったとしても、そこで、人々に称賛されてしまってはそのことのほうが問題だというのだ。

 

確かに、彼は金持ちが天国に入るのは難しいと言っている。ということは、貧乏人のほうが天国には入りやすいということになるだろう。しかし、どの程度貧乏ならいいのだろう?

ちょっと話は飛んでしまうのだけれど、今実際日本では子供の6人に一人が相対的貧困と言われている。少し前、子供の貧困を特集した番組をテレビが企画したとき、テレビに映る貧困家庭の子供は進学をあきらめなくてはならなかったが、一方でスマホがあったり、アイドルだか何だかに興じる余裕があったりというので(うろ覚えで書いてすみません)、この子は本当に貧乏なのか、と批判が起こった。

進学をあきらめざるを得ないというだけで、十分貧困なのだ。大学の入学金数十万、下宿代月に数万、そして、その数十万と数万を払って大学に行く人はたぶんスマホもパソコンも持っている。

しかし、いずれにしても、「どこで一体貧乏だと言えるのか」という線引きは、迷うところだと思うのだ。神が「貧乏だと天国に入れますよ」というと、では実直に稼いだ金はどうしたらいいのか。寄付したらいいのか。寄付した先がいかがわしい団体かもしれない。正しく使われないかもしれない。

あるいは、例えばの話として、親を亡くして貧乏だと本人は思っていたが、18歳になったときに親戚の人が「実は君は親の莫大な資産を受け継いでいるのだ」と言ったとする。18になるまでこの人は貧乏だったのか金持ちだったのか。

 

ということは、天国に入る貧乏というものは、実際の貧乏と必ずしも同じではない。
というか、実際の貧乏は天国に入る貧乏とは関係ないのだ。
もっとも往々にして金持ちは精神的な貧乏でもないから天国に入るのは難しいのかもしれないけれども、結果的に後で他人が評価したらものすごい金持ちだったとしても、その瞬間の精神の貧乏とは無関係なのだ。

ではどう貧乏であればいいのか。

 

仮にその人が貧乏であったとしても、「俺が貧乏だとみんなが憐れんでくれないかなあ。少しつらそうな顔でもしていようか。」と考えてしまってはダメなのだ。
自分の行いに周囲からの評価を期待しない。
我々は思考を含めて、自分の行為において、常に自己正当化を図っている。周りからの目を気にしている。そこには小さな気持ちのわだかまり、弱さがある。
そういう思考、行いを徹底的に排除したときに内的な沈黙が生まれ得る。そういう場合にだけ、結果的に「天に宝を積む」つまり、天国の実をならせるところの「何か」が生じる。

 

その内的な沈黙は、座禅のように止まった状態で得られるとは限らない。その時に、あなたは走っているかもしれないし、電車に乗っているかもしれないし、カバンをもってどこかに急ぐ途中かもしれない。

むしろ、それはこの世的にはとても難しい環境であるほうが良いかもしれない。静かな場所での瞑想や祈りのような安楽な環境でそれが訪れると我々は考えがちだ。しかしそういう理想を持っている人は必ずこう思うはずだ。
「自分は安楽な環境が手に入らないから、悟りも開けないし天国にも行けないではないか!」

しかし、それは真逆だ。それこそ自己正当化なのだ。この原理をとことん突き詰めるには、自分の思い通りにはならない難しい外的な環境があったほうがいいのである。

あるいはこういうこともできるだろう。チャンスはあなたにある。どこか遠くの誰か学のあるお坊ちゃんや学者さんではない人にこそ、そのチャンスがあるといえる。

 

というわけで、精神における貧者であることが、天国への唯一の方法なのだ。

 

しかし、それにしても理解するために、こんなに大回りをしないといけないなんて。

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