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多分、危機的な日本語 (1)

まず、先日から紹介の「モアナと伝説の海」の主題歌「どこまでも」のギリシャ語版最初の一節とその訳を書いてみます。

Λες και κάτι με τραβά με το ζόρι, /まるで何かが強い力で私を引っ張り
την καρδιά μαγνητίζει και με φέρνει στην ακτή /心を磁石のように惹きつけ海岸に連れて行く
Θέλω να ‘μαι μια υπάκουη κόρη /聞き分けのいい子でいたいのに
μα η ακτή θα με κερδίζει κι ας το παλεύω από παιδί /いつも海岸が私を獲得してしまう、子供のころからそれと格闘してきた
Κάθε μου στροφή, κάθε διαδρομή /踵を返すたび、道を歩むたび
θα με βγάλει εκεί, πάλι στην ακτή /私をまた海に連れ出し
Τύψεις με κρατούν κι όλοι αγνοούν τι με προκαλεί /罪悪感が私をさいなむが、誰も何が私を招いているのか知らない。

 

同じ部分の日本語版はこうなっています。

打ち寄せる波をずっと一人見つめてた
何も知らずに
そうよ期待に応えたい
でも気づけばいつも海に来てるの
どの道を進んでもたどり着くとこは同じ
許されないの憧れの遠い海

 

まあまあ、似たような意味です。だけどギリシャ語の語彙の豊かさはあると思う。

ギリシャ語は通常は冗長な言葉です。単語一つ一つが長いし、前にも書いたかもしれませんが、パッケージの商品説明が英語の倍になったりします。母音もあいうえおで発音上二重母音はありません。英語の場合、単語の終わりが「ng」で終わったり「lts」で終わったりで一つの音にほぼ一つの単語を割り振って、多くの意味を表すことができるが、ギリシャ語もそれは出来ないはず。
だから最初ディズニーの歌が各国語に訳されるのがわかったときには「どうせギリシャ語も英語みたいにたくさんの単語は並べられないのだから、大雑把な訳になるに違いない」と踏んでいました。

ところがどうしてどうして、韻を踏んだうえにそれぞれの場面場面にぴったりの美しい歌詞を用意できているのです。特にこの歌の場合は、日本語は苦労してますね。字余りになることも多いし、繰り返しも多く「そうよ」とか「そうね」みたいな言葉で埋めるところも多い。ヨーロッパの言語とまるっきり違うということはあるにしても、少し語彙が日本語は貧弱に感じます。

 

ニュースを聞きます。そうすると、いろいろわからない単語が出てくるから単語を調べます。βομβαρδίζω爆撃する、ανατινάζω爆破する、έκρηξη爆発・・・みんな爆の字の付いた言葉だけど、それぞれに単語がある。そりゃそうですよね、日本人が意味を表したいことと同じだけの単語がないと言語にならないから。

しかし、その単語を耳で聞いて間違えるということはないのです。同音異義語って、ほぼないわけですよ。英語のようにfitと言って、それが動詞なのか名詞なのかわからないということもまずない。外来語もあまりない。擬態語もない。

 

で、いろいろ考えていると、これは大変なことだと。日本人は日本語をあまり大事にしておらず、そのうちこの日本語という体系を支えきれなくなるんじゃないかと思うようになってきました。また、言葉を学んで当然得るべきものを、日本人は得ることができていないのではないかとも思います。(続く)

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