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方言を喜んでる場合ではない (2)

私自身は、出雲弁の価値を認める。母と話すときは、だいたい出雲弁で話している。方言は表現が豊か、適切だったりする。そういうことは確かにあるにはある。

 

一方でこういうこともあった。前にもブログに一度書いたが、ロシア人に方言の存在を聞いた時に、「ロシア語でそれはありませんね」とにべもない回答が帰ってきたのだ。

それは料理教室のときだったと思う。この辺ではくっついている、くっつく状況を表すのに「さばる」という動詞を使う。鍋にご飯がこびりつくようなとき「めしがさばる」などという。それで島根県の交流員の人に「さばる、はわかりますか」と聞くと「いいえ」ということだった。そしてロシア語ではそういう方言はないということだった。

違いと言えば、東部に比べてモスクワなどでは、アクセントの長い、勿体のついたようなアクセントで話す。が、言葉そのものは同じであるというわけだ。多分、日本の方言は、ロシア語とウクライナやほかのスラブ系の言葉との違いぐらいの、大きな隔たりなのです。

 

しかし、これは考えてみると、ある意味当然のことです。

ロシアにはたくさんの民族が住んでいて、多くの言葉を話している。しかし、ロシアという国に参加するためにはどうしてロシア語の習得が必要で、学校でも教育される。あの広大な国で、ウラジオストクのロシア語とモスクワのロシア語が違っていては、国家としては保てない。

そして、今日本でも外国人の問題が出てきている。出雲市には大量のブラジル人労働者が居住するようになっている。彼らを日本の社会や日本の職場に適合させなければならない。そのときに、標準的な日本語のほかに、学校では教わらない難しい発音と語彙を持った出雲弁が話されていることは、彼らにとっては楽な問題ではない。ただでさえ1000字以上の漢字、たくさんの同音異義語を習得しなければならないのだ。

しかし、ロシアという国家に参加するためにはそれは必要ないのである。

看板だってロシア語で書けばよい。ロシアという国に参加するためには33文字を覚えてロシア語を習得することが条件だ。だがそれは日本語ほど高いハードルではないと思う。無限に複雑ではない。ネイティブでなくても、誰もが話せるように話せればいいのだ。

 

それは、ある意味アレキサンダー大王がギリシャで行ったことである。世界帝国を作ったアレキサンダーは、それまでの方言のあるギリシャ語ではなく、共通ギリシャ語を整備して、帝国内の共通言語とした。そのおかげで、紀元前のすべての国の情報がアレキサンドリアに集約され、帝国内に広まった。その基盤の元に、それまでは多くの人が知りたいと思っても知ることのできなかった新しい知識がキリスト教という形で広まったのである。

 

そう考えると、日本語の状況というのはものすごく難しい状況なのだ。

いやいや、戦前の人間、明治の人間はよく頑張った。大日本帝国内、台北にもソウルにも、廿浦浦に教育機関を整備して、日本語を統一言語にすることに成功した。パラオの方が靖国神社に来て演説ができる。台湾の高砂族の人が、日本のおかげで台湾の中でのコミュニケーションが取れるようになったと感謝してくれる。

そうではあるが、それでも日本語の状況は難しい状況だ。そして、もう一つの難しい点は、今の日本語では一つの基盤となる思想を広めるということが、恐らく難しいのです。

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