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統計の軽視

以前、たまたま、テレビで左利きの特集みたいなのを見かけた。

左利きが生活で不便な点とかいろいろ挙げたうえで、番組では左利きの人に天才が多いと言われているということも紹介した。そして、アナウンサー、多分近江さんだったからあさイチだったと思うが、その人がアインシュタインとか左利きの天才の名前を挙げた。
そして専門家がコメントを求めたわけだが、彼が言ったのは

「(左利きに天才が多いということに対して)科学的根拠はない」

というものだった。

 

出席した人、ここでは近江アナということになるかもしれないが、彼女は一定の事例を出し、そう認識している人が少なからずいるという前提のもとにそういったわけだ。
もし専門家が、無作為に選んだ2万人を調査した結果、左利きの人と右利きの人で、IQや能力に差がないという結果をもとに、「根拠はありません」と言っているのならいいだろう。それに対して世界各国で十分な研究がなされ、賛否両論あるが、自分が調べた範囲で否定できる根拠のほうが有力である、などというのであればわかる。

しかし、おそらくその専門家野郎の言う「科学的根拠がない」の意味は、おそらく「そういう事実を統計的に調査したことはありません。しかし、私が知る既存の学問でそれを説明できる理論や説明はありません。」なのだ。

でも、それはおかしいでしょ。

我々が知りたいのは、どういう説明が可能かではない。そういう事実があるのではないか、と聞いているわけだ。理由は別だ。先天的に左利きに天才が多い理由があるのか、あるいは生活上、左を右利きに治す過程でIQが自然と上がるのか、仮説は立てられるだろうしそれが正しいかどうかは分からない。が、そういう現象があるかどうかは確かめればわかることだし、確かめずに「根拠はありません」というのはおかしいと思う。

 

で、ほとんど世の中の専門家とか科学者とかコメンテーターが言っていることは、統計的な結果というものは無視しているのではないか、と最近思いだしてきた。

 

それが説明できるかどうか、それが自分に都合がいいかどうかと、実際にどうなっているかは、話が別である。ところが、科学者は「それに対して説明があります。」「それは都合がいい説明です。」ということだけを根拠にしていることが少なくないように思える。「その説明の結果、大きな統計でこうなるはずです」というのが必ずしもそうなっていない。しかし、そこは調査しないのだ。

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