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言語と伝承

もし、共通のなにかが人々の間で歌われていて、それが重要な思想を表していて、また知識の伝承の上で一定の役割を果たしている場合、その言語はあまり変化せず、知識もちゃんと伝承される・・・なんのことだかわからないと思います。説明しましょう。その何かというのは、叙事詩だったり、祈りだったりするのです。

 

ギリシャ語の古典語は、プラトンなどが書かれたアッティカ方言、ヘロドトスが歴史を書いたイオニア方言などの幾つかの方言からなっていて、ちょうど今の日本語と同じように、多少語尾の活用が方言によって違っていたり、ある土地ではシグマ(アルファベットで言うSの音)のものが別の土地ではタウ(T)の音だったりする。学問的にはギリシャ文字が考え出されたのは紀元前900年ぐらいだそうで、一般的なものとなったのは恐らくそれほど古いことではなく、多分紀元前500年ぐらいのことなのだろうと思っている。

ではどうやってその知識を伝承していたのかというと、ホメロスのような叙事詩を口頭で歌い継ぐことによって、伝承されていっていたわけだ。

 

さて、現代語は多くの点で古代ギリシャ語とは変わっている。大きな違いの一つに母音の発音がある。

たとえば二重母音が一つの音として発音されるようになった。古典語でαιはアイと発音し、それが下降するアクセント(曲アクセント)なのか高いまま保つようなアクセント(鋭アクセント)なのかと言った違いがあったわけだが、これが単に「エ」という音に変わった。

これが「エ」という音に変わることによって、その母音の違いやアクセントの違いで表されていた文法的な意味合いがそれだけではわからなくなるということが起きる。そのためそれを補うために文法的な変化が起こらざるを得なくなる。

 

じゃ、その変化はいつ起きたのか。どうも新約聖書・コイネーを読んでいると、その文法的な要素はほとんど現代語に近いものに移っている。したがって、その頃にはほとんど現代語に近い発音になってしまっていたのではないかと推測されます。それは2000年前、紀元前後のことです。そして、4世紀にキリスト教が公認されて、聖餐式を含む祈祷が始まった。一応7世紀にダマスコのヨハネが成果を大成したことにはなっているものの、おそらくこの4世紀ごろから現代にいたるまで聖歌や祈祷文はあまり変わっていない。教会の歌唱は音符との関係が割と厳しく決まっているので、そんなに簡単に変えられないはずなのです。つまり、この2000年の間ギリシャ語は大して変わっていないと思う。

 

するとこういうことになる。

ホメロスの叙事詩のような言葉が伝承されていた紀元前1000年より前の時代、それはそれで恐らくギリシャ語はあまり変わることなく来た。ところが文字が普及して数百年間の間に著しく変わった。そしてアレクサンドロスが東征をしてギリシャ語が地中海世界のいわば共通語となり、それを受けてキリスト教の祈祷が普及してからは現代にいたるまであまり変わっていないのだ。

 

自分として、文化的には唱える何かというのがないといけないと思うのです。本は焼けば終わり。CD-ROMだって、読める機械が作れなくなれば終わりです。おそらくアレキサンドリアに図書館を作った人も、本が知識を集積すると信じていたに違いない。だが、それはカエサルとファラオの軍隊の戦争であっけなく焼けてしまった。

2 thoughts on “言語と伝承

  1. 灸太郎

    >自分として、文化的には唱える何かというのがないといけないと思うのです。
    秘伝であったり、
    同志であることのあかしの意味があったり、
    遊行するのに書いたものを持ち歩くのは物理的にむずかしい時代であったとか、
    いろいろ理由はあるんでしょうね。

    伊勢神宮では口伝で文章化されてない祝詞が伝わっているそうです。

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      灸太郎さん、こんにちわ。

      自分は本当は出雲弁のこととかを考えていたのです。自分が考えていることを伝えるためには、結局一からその根拠を伝えるほかないだろうと。
      ご存じの通りで、ヴェーダやウポーサタのような伝統は東洋にはあります。
      しかし、一応そういうものを考えたとしても、実はキリスト教会のそれは非常に成功した例の一つだと思います。そして、日本人はもちろんのこと、欧米のクリスチャンもほとんどそのことは知らないと思う。

      返信

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