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運命は変えられるか (3)

またまた、運命とは何かである。

 

人間、または生命、言い換えれば「私」が、地上の偶発的生成物ではないとすると、何がそれを支えているのか。

 

神だ、と言ってしまっていいし、それが一番単純な答えではある。神は命の源であり、究極の一なる意志であり、意識と知能の源である。

 

だが、現実には事情はもう少し複雑だ。

 

私が偶発的生成物というのは、単なる物理的反応、たとえば燃焼のようなものだ。地上でものが燃焼する。ずっと燃えますね。じゃ、70年間燃え続けますか?まず無理だ。1年間は?放っておいたら、火は半年後に燃料を取ってきて、勝手に大きく燃え上がりました。まさか・・・

生命でない現象というのは、だんだん収まっておしまいである。ところが生命はそうではなく、ずっと自らの意思で、まるで自然法則に反するかのように発展していくのである。

 

ある種の昆虫は一年で死ぬ。一年の命だ。生まれるときは、3月なら3月、5月なら5月と決まっている。

こういう生命も、人間という生命も、生命であるという点において変わらない。

とても不幸な人がいて、私のように不幸な人間はいないという。だが、生まれてすぐに魚の餌となるかもしれない虫の子供の命と人間にどれほどの違いがあるだろう。そう思ったときに、不幸なひとりの人にも十分に恵みがある。

 

しかし、1年しか生きていけなくて、生まれた連中はすべておひつじ座である昆虫と、あわよくば100年も生きて、ええ、65歳まではあわよくば会社勤めをして退職後は年金でたっぷり趣味をやる、あるいはスポーツの大会で優勝してオリンピックに出る、あるいはあわよくば宇宙飛行士になって月面を踏む、という人間様が、全く同じだ、ということにはならない。

 

単純な生命体は、明らかに宇宙の影響を受けている。たとえば満月の日に産卵する。必ず春に生まれて秋に死ぬ。もっと単純に、植物は光合成する。

それが、星からまっすぐに影響を受けているのか、星がもたらす気候や環境の変化に基づいているのか、いろいろかもしれないが、生物全体が宇宙から降り注がれるエネルギーや光線に影響される。

だが、たとえば今年の3月か4月ごろに蛙が孵ったとすると、その蛙さんたちには火星と金星で相性をいうことなどできない。この春生まれれば、大方火星は乙女で金星は牡牛、太陽は牡羊ぐらいの蛙ばっかりだろう。「この蛙と蛙は、金星と火星がスクエアだから相性悪いね」などということは無理でしょう。

ですけど、人間ではそういいますね。

 

つまり、生命そのものが、地上でより大きな宇宙法則を受け取るためにある。それは惑星レベルのものもあり、それを超えるものもある。物理レベルの法則だけでは地球上の生命体を説明することはできないと私は思う。

 

運命というものは、人間が人間であるために必要不可欠な、大きな宇宙の法則であると私は考える。それが、結果的に悲しい事実を告げ知らせるという可能性もある。だが、俺は自由人だから運命に束縛される必要はない、というようなものではないと私は理解している。

4 thoughts on “運命は変えられるか (3)

  1. ネコ

    ネコです、
    「運命は変えられるか」もう2年前の記事が何故かアップされてきました。
    運命は変えられるか、
    このことは、私にとって大きな課題となっていました。
    今もまだ課題であります。おそらく永遠のテーマでありましょう。
    運命は変えられるか、
    今、私が思いますには、やはり運命は変えられない、と思います。
    占星術師さんも99.7%まで変えられないと思われると言われてましたね。
    残りの0、3%が大いなるものの成す業によって変えられるのではないかと、、。
    私もいろいろ考えました結果、やはり変えられないのではないかと、、
    しかし、この%は、私は、もう少し違うかもしれないと思っています。
    (0.5%くらいじゃないかな、そう違わないか!)
    敷かれたレールを走る、しかし変わることもあるかもしれない。
    初めから決まっているなら人生意味がない、、、になりかねない。
    しかし、聖書の「ラザロの復活」には(本来はラザリが正しいのですかね)
    深い深い意味があるものと思われます。
    神の栄光を現わすためにラザロは復活し、神の御業を示して生きた。司祭として生きたのですかね?
    けれど、人はいずれ死ぬべき定めですね。これは間違いないですね。
    ラザロも死んだのでしょう。
    インドの方に、何百歳まで生きている人がいるという噂ですが、
    私は確認した訳ではありません(笑)
    「人間は死ぬんです、だから復活の意味がある」と
    昔、私が神学生の頃、教授から教えられたことがありました。
    本当にそのとおりだと今、思います。
    死があるから復活があるのだと、、。
    この決まっている運命、
    99.7%及び99.5パーセント
    これもまた間違いなく大いなる全能の神の成せる業なのでしょう。
    残りの僅かが、
    与えられた自由裁量と努力と大いなるものの後押しか、、。
    など等と考え続ける私です。

    1. simpledirect 投稿作成者

      ネコさん、こんにちわ。

      取り急ぎ、長いですね。ちょっとまとめるようにします・・・

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