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当てる

占星術というものと、どういう風に付き合っていくかというのは、多分一人一人皆違う。

 

一つは、科学だと考えること。占星術に対して、科学的なアプローチをすることだ。

しかし、占星術は科学ではない。牡羊座というものは科学的な定義はないはずだ。

 

けれども、思考というのは自分が住める空間というのを作っていく。

 

人間というのはリストの生き物だ。自分の住める世界の一覧表を作る。思考が作るリストが世界だ。占星術をすることも、思考に新しいリスト、新しいおもちゃを提供するだけである可能性もある。

前にこの状況でこう当たった。だから次もこういう風にすれば当たるはずだという考え方は、結局は科学と同じやり方をしていることになる。新月の日にどれぐらい地震が起こっているかとか、株価が上がっているかを調べることには意味があるかもしれない。しかし、そのやり方で持って歴史的な大震災や大暴落なんかを予測することは多分難しい。ある程度感じることはできるのかもしれないが、歴史的大地震などというものは前例がないからこそ大地震なのだ。2008年のように震度5以上の地震が一度も起こらなかった年と2011年を同じように比べることができるだろうか?

もし毎日の思考が、北朝鮮がミサイルを発射するという情報でアジア方面の観光客が激減するということを考えているのと、木星が蟹に入ったらかに座の人はこういうことが起こると考えているのと、どれぐらいの違いがあるだろうか・・・?

 

占星術は、蔓が絡み付くことのできる竹の棒を提供する。思考には絡み付く竹棒が必要なのだ。ただし、その竹竿が伸びている先は科学のものとは違う。バラバラの個別の現象に入り込んでいくのではなく、全体を統一する一つの法則性というものを常に考えている。

 

私自身としては、一見非科学的でつかみどころがなく感じるかもしれないが、具体的なものごとを当てる、という側面にだけ集中するのが、占星術と付き合うときの、多分一番いい方法だと思う。

大地震が起こるなら起こるで、どこそこのコンビナートが爆発するとか、どこそこのがけが崩れるとか、具体的なことを当てるのだ。そういう風に当てることは、統計的な結果としては導き出すことがとても難しい内容になる。上弦の月は毎度あることかもしれないが、太陽が双子で木星と合で上弦ということは、なかなかない。

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