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不幸な事故・事件は生まれ持った星によって起きるのか (2)

もう一つ考慮すべきことがある。これも、正面からの回答とは言えないが、一応考えておくべきことである。

それは、「不幸な事故・事件」というのだけれど、不幸かどうか、悪いかどうかを、誰が判断するのか、ということ。

 

新聞には新聞の基準がある。裁判所には裁判所の基準がある。警察には警察の基準がある。その新聞や裁判所や警察の基準で考えておかしいことが、ニュースになる。

 

いや、法律的には悪いかもしれないけど、そいつのやったことはよくよく聞いてみたら仕方ないことかもしれないじゃないか。

今回の質問は韓国籍の編集者で奥さんを殺したであろう人についてだった。最近新しいニュースが出ていて、数人も子供がいるのなら、奥さんは仕事をやめて子育てに専念したらどうか、という考えを持っている人だったようだ。そして、直前で奥さんと激しい争いがあって、この人は暴力的な手段に訴えることもあったようだ。

自分は男性であるし、自分の人生のいろいろな経験から、この人は殺人にまでなってしまったから取り返しがつかないことになったが、もしそれがなかったとしたら、一般的なお父ちゃんとして、一方的にそんなに悪いか?とは思うのです。
絶対暴力は振るわないという男の人もいるだろう。それはそれで立派だし、あるべき姿かもしれない。だけど、たいてい引っぱたくわ、酒は飲むは、とんでもないお父ちゃんだけど、愛されている人もいると思う。平均で考えて、そんなに悪いか?この奥さんだって京大卒の外国人、超売れっ子の編集者と結婚するにあたっては、それなりの覚悟もなければならない。

 

じゃ、殺したから悪いのか。

聖書をご覧になっている方はサムエル記15章の記事をご覧になったことがあるだろう。預言者サムエルは王サウルに「アマレクを撃ち、そのすべての持ち物を滅ぼし尽くせ。彼らを許すな。男も女も、幼子も乳飲み子も、牛も未も、らくだも、ろばもみな殺せ。」と命じた。ところがサウルは戦争に勝ったものの、王アガグをゆるし、羊と馬の良いものを残した。そこで、サムエルはサウルを王にしたことを悔いることの預言を行い、やがて王はダヴィデに変わった。
一般的に考えて、許してやって何が悪いの?ということになるわけだが、殺すのが絶対的に正しいという世界が存在した。

忠臣蔵もそうですよね。主君の敵である吉良上野介を討った赤穂浪士に江戸じゅうが拍手喝さいを送った。

こう考えると殺したから悪い、暴力をふるったから悪い、というのは現在の日本で信じられている錦の御旗なのだけれど、いつの時代も必ずそうだったとは言えない。

 

最近でも顕著な例がある。それは小沢一郎さんの裁判である。
ロッキード事件の当時、全日空の若狭さんとか田中角栄とかが捕まったが、当時の基準として「贈収賄」「癒着」だった。不正な金をあげた、もらった、というのが当時の逮捕や起訴の条件だった。
ところが、最近になって政治資金規制法という法律ができて、使った金を書いていないということが犯罪として扱えるようになった。それははっきり贈賄です、収賄です、というわけではないのだけれど、グレーな金を書いてないから駄目だよ、というので法律問題にもできるし起訴もできるようになった。そこで、ニュースは「政治家の贈収賄の問題」などと報じることができなくなって、このんで「政治と金の問題」と報じるようになった。

その「政治と金の問題」というのは、30年前は全く問題にならない行いだった。ただ、世間の常識や基準が変わったのだ。それが最初に表面化したのは小沢さんの逮捕の時であった。
舛添前東京都知事も、あれこれ報道されて、報道された中身はよろしくはないことだろうが、体の調子が悪いから温泉に行くとか、100万ほど旅館に行くとか、そんなに目くじらを立てるレベルか?と自分は思う。
民主主義では誰もが政治に参加するというのが建前だ。誰もいないからお前が都知事をやれ、と言われたときに、「体悪いから週末の温泉ぐらい許してくれ」と言ってはダメだといわれると、自分に置き換えて考えれば少々気の毒にも思う。

 

それで、少々前置きが長くなってしまったが、占星術には占星術の基準というものがあってよいと自分は思う。法律ではダメだ。だが、ホロスコープを見れば、こいつの家庭環境に問題があったのは明らかではないか!というときに、「それでも絶対許せん」で済ませていいのか。

自分もついつい何かの記事を書くときに自分の意見を書きたいわけだけど、本当はホロスコープをちゃんと作って「この基準だから、こうだよね」というのが正しいとは思う。

 

さらに、仮にお縄になったとして、それがその人のために必ず悪かったと決定していいのか。金大中は散々逮捕された活動家だが、最後は大統領になってノーベル賞までもらった。モーゼは最終的にはイスラエルの指導者になった人だが、若いころエジプト人を殺してしまっている。大抵聖書の偉い人も、若いころ何かしらやらかしてしまっている。

 

長くてすみません。ここまでは前置きです。

不幸な事故・事件は生まれ持った星によって起きるのか (2)」への2件のフィードバック

  1. ネコ

    ネコです。
    この事件、報道によると、この編集者と奥さんとの間で、子育てのことで意見が合わず、
    トラブルになり、奥さんは、夫から子育てをめぐり、暴力を振るわれたと、相談をしていたらしい。
    夫は、「子育てに当たって、妻は家庭にいて、子育てに専念して欲しい、」
    妻は、「働きたい、もっと子育てを手伝って欲しい。」ここで意見が食い違ったと思われる。
    私にも、このご家庭と同世代の娘がいるので身につまされます。(3人小さい子供がいますが、
    それはそれは大変な騒ぎです。)
    いろいろご意見もあるだろうけれど、
    今時 、 女性が、子育てに専念するということは中々、大変な事だと思ます。
    女性が外に出て、働きながら子育てをすることもまた、並大抵の事ではないけれど。
    家庭にいて、4人の子供の世話、まだ小さい子供の世話、小学生になっていても、お稽古ごとの送迎、食事作り、宿題、弁当、等々、そんなの当たり前という向きもあられると思うけど、
    要するに、子育てに専念するという事は、気分の逸らしどころがないんですよ。
    外に出て、仕事をしていれば、大変だけれど、子供にも負担はかかるとは思うけれど、
    (両親がフルタイムで働いていれば、子供はなかなかお稽古ごとも行きにくいことも多い)
    でも、自分の収入が入ります、仕事は大変でも社会人として生きている感触がある、子供のことばかり
    の世界から解放される、仕事を通しての自分の繋がりが持てる、視野が広くなる、等々、働くだけの価値はあると思います。
    家庭に子供とのみいると、やはり、精神的に孤独に陥り、煮詰まってしまうこともあると思います。
    この奥さんが、ハイレベルな能力をお持ちの方であったのであれば、尚のことです。

    管理人様は、「そんなに悪いか」と書かれているけれど、
    私に言わせれば、「そんなに悪いですよ!!、」
    引っぱたくは、酒は飲むは、とんでもないお父ちゃん、だけど愛されて、、。
    そんなのダメですよ! それ男の身勝手ですよ! 特に暴力は絶対ダメですよ! 暴力というものがどんなに
    家庭において大変な事であるか、。男の暴力がどれだけ家庭において厳しいことであるか!
    暴力は、力の暴力だけではないですけどね。
    家庭が上手くいかないという事は、屋台骨が揺らぐという事です。
    夫、妻、両者にとってともに一番厳しいことだと思います。
    結婚した以上、ここまで煮詰まらないで、なんとかならなかったのだろうかと
    痛切に思います。
    すみません、失礼な事、書きましたがお許しください。
    話も逸れてますが、すみません。

    返信
    1. simpledirect 投稿作成者

      ネコさん、こんにちわ。

      2つの点について返信したいと思います。
      1つは、生理学的に、子供を産んだ後の女性は孤独感を感じやすいものだ、というのをどこかのテレビで特集していました。
      チンパンジーは生むと5年間は1人で孤独に子育てをし、その間は発情しないそうです。ところが人間はすぐに発情する代わりに孤独を感じる。これは人間という種が集団で子育てをする習性があるからなのだそうです。
      自分もこの犯罪者と同じように、女性は家にいて子育てに専念したほうがいいのではないかとずっと思っていました。しかし、どうやらそうではないらしい。考えを改めないといけないのかもしれないと思います。

      もう一つは暴力についてです。
      あまり深入りはしたくありません。良くないことに決まっています。
      しかし、時代や社会や個々の家庭によって、この許容度合いはかなり違うという事実は存在すると思います。

      私が子供のころガッチャマンというアニメがありました。ちょっと前に映画化されたのを機会に昔のアニメを少し見る機会がありました。
      印象的な回として、古代の植物のジゴキラーというのが敵の力によって復活・利用されて、女の人を捕まえて食べてしまうというのが2週にわたって放映されたことがあります。科学忍者隊の紅一点の白鳥のジュンという子が、その植物に食われてしまわないようなスーツを着て、勝手におとり調査に出かけてしまい、あわやのピンチを迎えます。
      このピンチを脱して主人公のケンがジュンを救った後、「勝手なことをしやがって!」といって、隊員のジュンを殴りつけるのです。

      ええっ?そんなのしていいの?と思いましたけど、当時はそれでOKだったのです。

      私自身の経験では、子供のころは部活動で殴られるということもありました。その線引きは時代や地域でかなりの幅があると思います。

      返信

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